特別なできごと特別なできごと

特別なできごと Vol.6 特別なできごと Vol.6

作陶45年。私の戦いと、岩の原葡萄園のこれから

作陶45年。私の戦いと、岩の原葡萄園のこれから

陶芸の素地のなかった上越に初代陶齋(齋藤三郎氏)が根を下ろし、道を切り拓き、その後を尚明氏が引き継いでおよそ半世紀。二代にわたり関わってきた岩の原葡萄園との思い出や、これからのことを語っていただきます。

陶芸作家・二代陶齋 齋藤尚明氏

美術品の真価が問われている中で。

美術品の真価が問われている中で。

陶芸
絵付け

陶芸作家として身を立て、作品をつくり続けて間もなく45年になります。しばらくは陶芸ブーム・美術ブームで多くの作品が高値で売れていましたが、10年ほど前から、不況の影響もあり美術品が売れなくなってきました。今、陶芸作家をはじめ画家など芸術を生業にする者たちは、岐路に立っています。ブームが去り、芸術本来の価値を見直す時期に来ているのです。

私としては、こうした世の中の流れは悪くないものと捉えています。投機的な美術品収集も否定はできませんが、私は、私の仕事を通してひとりでも多くの人が陶芸に触れ、人生や生活が豊かになることを目指しています。それこそが芸術の役割であり、作品をつくり続ける意味だと思っているからです。名前や付加価値ではなく、「作品」そのものが強い求心力を持つ市場で生き残っていく存在になりたいと思っています。

陶芸
陶芸

鳥井家のこと。岩の原葡萄園との縁。

鳥井家のこと。岩の原葡萄園との縁。

歴史写真

岩の原葡萄園さんとの縁は、父親(齋藤三郎・初代陶斎)と鳥井信治郎さん(サントリー創業者)の出会いまで遡ります。信治郎さんは大変な陶芸好きで、宝塚(兵庫県)に窯を持っていたほどです。京都で陶芸の修業を終えた父が、どのようなキッカケでその窯(壽山窯)の管理を任されることになったかは分かりませんが、住み込みで働くうちに鳥井家の皆さんとは随分親しくさせていただいたようです。信治郎さんはとても信心深く、ご自分が忙しくて参詣できないときなどは父に高野山への“代参”※を頼んでいたとのことで、よほどの信頼関係があったのだろうと想像できます。

その後、父が戦争で壽山窯を離れ、終戦後ここ新潟県上越市に落ち着いてからも、サントリーが岩の原葡萄園の経営をしていたことで、上越でも交流は続きました。その頃は三男の(鳥井)道夫さんが岩の原葡萄園の社長をしておられ、私も幼い頃父に連れられ、よく葡萄園の見晴台で遊んだことを覚えています。その頃は、自分も父親と同じ道を進み、岩の原ワインに深く関わることになるとは夢にも思っていませんでした。

※代参…信仰する人の代わりに神社・仏閣へ参詣すること

歴史写真

それ以上でも、それ以下でもない“雪椿”

それ以上でも、それ以下でもない“雪椿”

今では岩の原葡萄園を代表するワインとなった「深雪花」のラベルに父の描いた“雪椿”が採用されたのは、岩の原が創業100周年記念を行った1991年、父が亡くなってから10年後のことでした。そして2015年にリニューアルしたスタンダードワイン「善」には、私の描いた雪椿がデザインされています。親子二代にわたって岩の原ワインのラベルを飾っていることを、大変うれしく思います。

モチーフの雪椿は、厳しい自然の中で凛と咲くその姿で多くの人を魅了していますが、地元の私たちにとっては日常の風景でもあります。私が最近好んで描く唐辛子も、寒い雪国で着物の袖に入れたり、タンスに虫除けとして用いているごく当たり前に見られるものです。有田焼や九谷焼など古くからある大きな窯元には代々伝わる図案や画帳もあるかと思いますが、私たちのような規模でやっている作家が図案を考える上では、生活の中にある、見慣れたものを描くというのは極めて自然なことです。

椿
椿
深雪花と善

それが結果的に上越らしさや雪国の風景を想起させ、作品に風土性を与えているということはあるでしょう。奇をてらわず、ただそこにあるだけで存在感を示す雪椿は、岩の原ワインのイメージそのものなのかもしれません。

深雪花と善

時を超えて、輝き続けるために。

時を超えて、輝き続けるために。

岩の原葡萄園

以前、陶芸の道に進むことを迷っていたとき、父に言われた言葉があります。「技術的なことは、ある程度時間をかければ誰にでもできるようになる。問題は、そこからなんだ」。この言葉は、陶芸が売れない時代に「なぜつくり続けるのか」という問いを私に投げかけます。そしていつか満足のいく答えが出せたとき、私は陶芸の歴史に足跡を残す存在になれるのかもしれません。父のように。

岩の原葡萄園

状況は異なりますが、岩の原葡萄園もその真価が問われる時機に来ていると思います。数年前から、付加価値を持たせた新興のワイナリーが日本全国で創設され、日本ワインは玉石混交の時代を迎えています。その中にあって、ただワイン造りのみに没頭していれば、あっという間に取り残されるでしょう。変わりゆく時代の中で、変わらない価値を提供し、なお輝き続けるために何を為すべきか。これは岩の原葡萄園と私に共通する課題のように感じています。一朝一夕では成熟しないワインと陶芸を重ね合わせながら、岩の原葡萄園の進化も見守っていくつもりです。

陶芸作家・二代陶齋 齋藤尚明
陶芸作家・二代陶齋 齋藤尚明
バックナンバー
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> Vol.10 岩の原の毎日がつくり出す、岩の原の未来。

> Vol.9 そこに、岩の原葡萄園らしさはあるか

> Vol.8 善兵衛さんと、わたし

> Vol.7 ワインのために、グラスメーカーができること

> Vol.6 作陶45年。私の戦いと、岩の原葡萄園のこれから

> Vol.5 次の世代に、いま伝えておきたいこと

> Vol.4 善兵衛2014、それぞれの想いをのせて

> Vol.3 日本ワインの進化と真価(後編)

> Vol.2 日本ワインの進化と真価(前編)

> Vol.1 雪国のワインと、岩の原葡萄園に魅せられて