特別なできごと特別なできごと

特別なできごと Vol.10 特別なできごと Vol.10

岩の原の毎日がつくり出す、岩の原の未来。

岩の原の毎日がつくり出す、岩の原の未来。

岩の原葡萄園に入社して20年、一日として同じ日はありませんでした。さまざまな人がここで集い、考え、悩みながらワイナリーを支えています。こうした日々の積み重ねが、10年後、100年後の岩の原ワインをつくっていくのだろうな…最近、そんなことを考えています。

製造部技師長 上野 翔

乗り越えた先に、見えた景色があった。

乗り越えた先に、見えた景色があった。

小学校へ向かう途中に岩の原葡萄園があり、そこで働く人々を毎日眺めていました。「岩の原は日本ワイン発祥の地、創業者の川上善兵衛は日本のワインぶどうの父」と聞いて育ち、「岩の原ワインは有名なんだ」と思って入社すると、意外と知られていないことが分かりました。県外では、「新潟にワイナリーがあるの?」と言われたことも。悲しい、と同時に「だったら一日も早く日本中の人に知ってもらおう」と思うようになりました。

葡萄農家
「収穫された葡萄」

しかし、しばらくはぶどうにもワインにも触れず、瓶詰め担当として機械と向き合う日々。「俺はここで何をやっているんだろう」と思うこともありました。それから少しずつワインの仕込みやろ過を手伝うようになって10年目を迎えた頃、やっとワインづくりに携わるようになったのです。

転機は2014年、製造のリーダーになったときです。いざ、指示を出す側に立つと、分かっていたはずの岩の原ワインの歴史の重みが急に頭をもたげてきて…「失敗できない」というプレッシャーと、積み重なる作業を前にぼう然となったのを覚えています。とにかく、無我夢中で働きましたね。

「収穫された葡萄」

そうして1年が過ぎ、出来上がったワインを見ると、心の底から「やったな」という思いがこみ上げました。苦労してつくったワインをお客さまから「美味しい」といわれ、飛び上がるほどうれしかった。これがきっと“やりがい”なんだと感じました。あの体験がなければ、とっくにワインづくりをやめていたと思います。

「これが私たちのワインです」。そう胸を張っていえるようになった。

「これが私たちのワインです」。そう胸を張っていえるようになった。

「ワインづくり」

ワインの味を決める立場となり、改めて岩の原ワインの価値や、善兵衛のぶどうについて深く考えるようになりました。

以前は、川上系ぶどう品種※主体でつくられるプレミアムワインに限って100%自園産のぶどうを使い、ボリュームゾーンに出荷するタイプのワインに関しては、国内外から効率よくぶどうやワインの原酒を調達していました。多くのワイナリーと同様、岩の原葡萄園もそうやって市場への安定供給を図っていたのです。ところが2008年頃から、社内で「(日本ワインぶどうの父といわれる)善兵衛の名に恥じないワインづくりをしよう」という声が高まり、原料をすべて国産ぶどうに切り替える舵取りがはじまりました。ぶどうの調達や醸造量が一気に3倍となり手間も増えましたが、これにより岩の原ワインは、最上級のものからリーズナブルなものまで、日本のぶどう100%で作られるワインとなったのです。

振り返ると、岩の原ワインのスタイルを確立させ、「これが私たちのワインです」と胸を張っていえるようになったのは、きっとあのときからだったんだと思います。

※川上系ぶどう品種・・・
マスカット・ベーリーA(赤)、ブラック・クイーン(赤)、
ベーリー・アリカントA(赤)、ローズ・シオター(白)、
レッド・ミルレンニューム(白)

「ワインづくり」

近くて遠い、善兵衛の存在。

近くて遠い、善兵衛の存在。

ブレンドを手掛けるようになって、善兵衛の存在をひときわ偉大に感じています。マスカット・ベーリーAは善兵衛が試した交雑の3986番目、ブラック・クイーンは4131番目にできたぶどう品種で、どちらもワインにして間違いなく美味しい。しかしそれよりも前、55番目にできたベーリー・アリカントAは、市場に出すワインにするには少々個性が強すぎ、善兵衛が苗を残したのを不思議に思っていました。それでも専ら色付け用にアリカントAの収穫量を増やしたとき、試しにブレンドで使ってみると…すごい力を発揮したんです。ベーリーAの持つ華やかな甘さを引き立てながら厚みも加わり、アリカントAを足すのと足さないのとでは、口に含んだときの印象が全く違ったのです。

「このぶどうのポテンシャルを、善兵衛は見抜いていたのか?」と気づいたとき、心が震えました。なぜ55番を残したのか本当のところは分かりませんが、今でこそ「善兵衛に聞いてみたい」と思うことが、たくさんあります。

「55番目にできたベーリー・アリカントA」
「ヘリテイジ」

このベーリー・アリカントAを、2018年の「ヘリテイジ」から使い始めました。「ヘリテイジ」は岩の原葡萄園がコンスタントに出荷する最高ランクのワインとしてマスカット・ベーリーAとブラック・クイーンのブレンドで親しまれてきましたので、新しい要素を加えることは、チャレンジです。いま以上に美味しくなることに自信はありますが、それがお客さまにどう受け止められるか不安もあります。しかし、チャレンジは必要不可欠と考えています。善兵衛の描いた未来の“その先”をつくるために、現状に留まっている訳にはいかないのです。

「ヘリテイジ」

マスカット・ベーリーAという傑作を世に送り出したあとも、善兵衛はなぜ挑戦の歩みを止めなかったのか。岩の原葡萄園の伝統を受け継ぎ、ワインを作り出す使命を負ったいま、その気持ちが少しだけ分かったような気がしています。

バックナンバー
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> Vol.10 岩の原の毎日がつくり出す、岩の原の未来。

> Vol.9 そこに、岩の原葡萄園らしさはあるか

> Vol.8 善兵衛さんと、わたし

> Vol.7 ワインのために、グラスメーカーができること

> Vol.6 作陶45年。私の戦いと、岩の原葡萄園のこれから

> Vol.5 次の世代に、いま伝えておきたいこと

> Vol.4 善兵衛2014、それぞれの想いをのせて

> Vol.3 日本ワインの進化と真価(後編)

> Vol.2 日本ワインの進化と真価(前編)

> Vol.1 雪国のワインと、岩の原葡萄園に魅せられて